文字の一つ一つがタピオカ
今日はかの天才落語家桂枝雀の命日だと、新聞を読んで知った。桂枝雀を知ったのは、確かダウンタウン松ちゃんが好きだと知って、YouTubeで桂枝雀の動画を探したのがキッカケだと思う。
桂枝雀は明らかに他の落語家と一線を画している。関西弁の砕けた喋りで、話のテンポも速く、表情もコロコロ変え、動きも多彩だ。枝雀の落語は生き物で、ダイナミックかつ繊細で、細かなくすぐりも散りばめながら、大きな笑いもかっさらう。古いお話をただただ引っ張り出している訳じゃない。
そんな桂枝雀の落語にハマって、一時期YouTubeで動画を探しまくって、よく観ていたんだよなぁとしみじみ懐かしくなった。
昔夢中になっていたものを、今の自分はいくつ思い出せているだろうか。思い出されないまま記憶の底の方に沈殿しているものが沢山あるに違いない。
エッセイを通して、底に沈殿しているものをこれからどんどん吸い上げたい。ストローで吸い込むタピオカのように。このエッセイの一文字一文字が吸い込んだタピオカなのだ。そう考えると大体800字前後のエッセイだから、800粒のタピオカがって…なんそれ!どんだけデカいサイズやねん!飲み切れるか!タピオカだけで胃が膨れてまうわ!
そういえばよーく見ると、桂枝雀の顔もタピオカのように見えなくもない。もしも今でも桂枝雀がご健在なら、タピオカを絡めた落語をやってくれたに違いない。きっと面白い顔してタピるんだろうなぁ。
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